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2009年4月 6日 (月)

静岡家族問題研究会2009年1月例会

 静岡家族問題研究会1月例会を次の通り行いました。

 テーマ:家族問題を芝居にするためには
 報告者:中村和光氏(劇団RIN主宰)
 日 時:2006年1月22日(木曜日)18:30〜21:00
 場 所:静岡県社会福祉会館2階ボランティアビューロー

報 告: 
1.アマチュア演劇
 プロは、客を呼べる(チケットを売れる人気がありフアンが多い)人なら、その人がどういう考えであっても素行がどうであろうとも構わないのが原則。一方、アマチュア演劇は、労働者演劇などに代表される市民からの発信として成立。「自分達が思っていることを自分連で表現する」が市民演劇の考え方。当然、自分のことしか考えない身勝手な男が、正義の味方を演じる嘘は許されない。
 最近、文化全体、担い手が高齢化している。演劇は、その中ではまだ若い人が多いジャンルだが、雇用条件の悪化(フリーター、派遣社員)、景気の悪化(リストラの恐怖)から、参加者・観客ともに減っている。

2.演劇として成立するためには
 特殊なケースを除き、一般市民が観客であり、一般市民が観て感激する芝居でなければならない。NPOの例会のように、目的を持った人だけが集まる会ならば、どんな難しい、面白くないものをやっても構わないが。
 正しいこと、事実を並べてもそれは芝居にならない。ドラマとは、観客が惹き込まれる『流れ』であり、『通過儀礼』に代表される人間の成長の証し等がなければならない。
 また、「事実は小説よりも奇なり」というように、虐待も事実だから、インパクトが強いのであって、芝居で虐待を描いても、報道・皆さんの言葉より、インパクトはない。
 では、芝居で事実を描いても駄目かというと、そんなことはない。社会通念や正義から見るのではなく、主人公の心から、もしくは、一般市民の本音から見る視点を待った芝居なら、人の心を打てる。

3.私(一般人)の感じる家族間題
 ・今の公務員は、無駄話をしない、アルバイトの女の子と話さない、一日中パソコンに向かい、人と話さないで過ごす人もいる(セクハラ、パワハラを避ける過剰な意識)
 ・職員の5%、潜在的には10%が鬱病である。
 ・失敗を許さない今の風潮が、若者の閉塞感を大きくしているのでは?
 ・文化活動に参加する人が急激に少なくなっている。バブル崩壊後、サービス残業を公然と強要する雇用者(嫌なら、いつでも辞めてもらってもいいんだよと…)により芝居やりたくても出来なくなった人が増え、逆に、将来に希望を持てないフリーター、派遣社員は、時間があっても文化活動に興味を示さない。

4.一般市民の共感できる芝居
 親の問題として、家族間題を考える
 ・朝食を作らない、給食費を収めない親が、家族崩壊の出発点
 ・家庭とは、安心出来る場所
 ・こんな家族なら楽しい。こんな親なら、子供は明るくなる。

[参加者からの意見等]
 ・H22.9.16に、調停協会連合会のブロック会議がホテルセンチュリーで開かれるが、その時、アトラクションとして、家族間題を扱った寸劇が出来ないか?一可能だと思うが、そのための準備は、別にしないといけない一何をやるかを今年の夏ぐらいまでに決める必要がある。
 ・今、多くの家族間題がある。若年離婚、熟年離婚、年寄りを誰が扶養するのか、子供の権利をどのように保障していくのか、両親の親権の乱用、遺産相続における争い etc.
 ・男と女の違い(考え方、生物学的な視点での相違)が、もめごとの種になっている。これも、家族間題のテーマになる。
 ・親が円満だと、子供の集中力は上がる。いい親は、子供の成長に合わせて接し方を変えている。

<参加者>(敬称略):小川裕子、栗原藤男、佐々木光郎、庄司由美子、外山知徳、中村和光

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